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往年のヒット曲レビュー(46)/堀ちえみ(2)

2010年10月15日 / favorite CD

(続き)


その後、二十数年が経過した。その間、自分自身は忘れた頃に「青い夏のエピローグ」や「クレイジーラブ」「リ・ボ・ン」の3曲を聴いてはしていたのだが、前回の「太田裕美」を某動画サイトで調べていくうちに、なぜか堀ちえみの動画が出てきて・・・


 


「そういえば”青い夏のエピローグ”の歌う姿ってどんなんだっけ・・・」


↓JALの制服で歌う動画を見る


 


「懐かしいな。ちょっとかわいい?そういえば堀ちえみで一番売れた曲って何だっけ・・・」


↓”さよならの物語”(1983年)(18万枚。ただし、他の曲もコンスタントに15~16万枚は売れているので、突出しているわけではない)


 


「”さよならの物語”って記憶に無い。どんな曲だっけ・・・」


↓曲を聴く(見る)


 


「!!。メロディーラインだけが記憶にあって誰の歌か覚えてなかったけど、堀ちえみだったのか~。やっぱりいい曲が多いなぁ。”さよならの物語”の前後の曲ってどんな曲だっけ・・・」


↓”とまどいの週末””夏色のダイアリー”を聴く(見る)


 


「!!。この曲もメロディーしか記憶に無かったけど、堀ちえみの曲だったのか~。いい曲ばっかりじゃんか。今聞くと”稲妻パラダイス”も結構良いじゃんか。そいえば”スチュワーデス物語”見てたなぁ。どんな内容だっけ・・・」


↓二十数年ぶりにドラマを見る(総集編)


 


「そういえば当時”大根役者”って言われてて自分もそう思っていたけど、実はすごい演技力じゃないのかなこれ。大映テレビ的な演出の要求に素直に応え、従順に演技している。その演技が”松本千秋”の役と見事に合致しているからハマリ役と言われ、ドラマもヒットしたんじゃないかなぁ・・・当時彼女はどう思っていたんだろう?」


↓各種ファンサイトを調べる


 


当時の発言として、「アレはアレ」「あれはクサいですね」「(現場の雰囲気や成り行きで)演技がそうなってしまう」「声のトーンが高い演技は好まれない演出」という内容が複数あり。やはりあれは演技だったのか・・・ある意味ウマいなぁ。ドリフのコントも見たけどリラックスしてやっているようで、さすが大阪魂、アドリブが効く効く。ウマいなぁ。ここで改めて”スチュワーデス物語”全部見たいなぁ・・・


 


↓DVD前編・後編購入w。ハマる。


実はすごいアイドルじゃないか? 


 




↓当時買っていた”オリコンウィークリー”の、堀ちえみ引退インタビュー記事(1987年3月30日号)を見てみる(引退前最後の雑誌インタビュー)


撮影された写真は、もう”アイドル”としての堀ちえみではなく、大人になった堀ちえみだった。引退の原因になったかもしれない引き金がそれまでにイロイロあったようで、かなり痩せてしまっている感がある。インタビューはかなり吹っ切れているというか開き直っているというか、かなりぶっちゃけている発言も多数。


 


<引退と、その後について>
(ここ2~3週間、どんな気持ちで過ごしてきましたか?の質問に対して)”なんか、すっごく冷めてます(笑)”
”ほんとはフェイド・アウトしたかったんですけど(笑)”
”みんなすぐ忘れちゃうよ。アッ、そういう人いたなで終わっちゃうよ絶対”


・・・かなりネガティブですね。ライティちえみ(ニッポン放送・ どきどきダイアリー)とは正反対です。


 


<5年間のレコードの思い出>
(2年目・1983年について)(略)”スチュワーデス物語”はこの年ですよね。あれ終わってからは開き直りましたよ。(略)あの当時、バラエティ番組で”教官!!”ってやらされたりもしたんだけど、開き直って”エエイ、やっちゃえ!!”って感じでしたね。あの時が、第1期開き直り時期かもしれないですね。

(3年目・1984年について)(略)「クレイジーラブ」と「リ・ボ・ン」が2位なんですね。チャートもこの頃まではよく見てたんですけど、段々見るのがコワくなりましたね。特に「Wa・ショイ!」あたりから(笑)。これ第2期開き直りですね。

※「クレイジーラブ」と「リ・ボ・ン」が2位、というのはオリコンチャートの話。ちなみに当時競合していたチャート誌の「ミュージック・ラボ」誌では、「クレージーラブ」が堀ちえみ唯一の1位を獲得している。おそらくもう一つの他誌「ミュージック・リサーチ」も、「クレージーラブ」は唯一の1位になっているはず。

(5年目・1986年について)”素敵な休日”で20枚なんですけど、こうやってチャートみてると、気持ちいいくらい山型になってるの。最初上がって、「リ・ボ・ン」の辺りで頂上があって、徐々に下がって。(略)


※チャートについては確かに意識をしていたらしく、以下他号での発言。

※他の号での発言1・1983年6月3日号(”夏色のダイアリー”は初登場6位で、ちえみちゃんにとって自己最高記録になったわけだけど、そういう予感はあった?という質問に対して)私の曲って、一曲一曲前作の上をいってるんです。でも、”とまどいの週末”は14位ぐらいまでで、”さよならの物語”の時はせいぜい12位ぐらいかなって思ってたんです。それがいきなりベストテン入りして8位までいったでしょ。自分が思っていた以上によかったから、次の曲で落ちちゃったらどうしようという不安みたいなものが少しあったんです。それでも、落ちるのいやだなと思って、ここまで1曲1曲着実にきたから次も着実に伸ばしたいと思ってがんばりました。今度は『さよならの物語』と同じぐらいでいいから落ちないようにしようと心掛けてたんです。そしたら、初登場6位まできちゃって、ビックリしちゃった。でもとてもうれしかった。

※他の号での発言2・1984年11月16日号(”稲妻パラダイス”の最高位が5位で、”東京SugerTown”が3位で、今度の「クレイジーラブ」が初登場2位だけど、という問いに対して)そうですね、目標としては1位を狙っていたんですけど、でも、いきなり1位をとるよりも2位ぐらいに留まっといて…。それで、ホンット不思議なんですけどね、今まで1曲ごとに順位が上がっているんですよ。まあ、多少上がったり下がったりはありますけど…。これはホントに皆さんが応援してくださってるからだと思うんですけど、曲を出すごとにワン・ステップ、次の曲を出したらまたワン・ステップ。常にワン・ステップしているような気がするんです。そういう点ではね、やっぱり、すごく嬉しいなと思います。——-


 




 


人気の低下以外にもイロイロあった模様だが、アイドルとしての活動も5年でキッパリとピリオドを打っているところもある意味潔い。

結局は以下のラストインタビュー記事の内容が、堀ちえみ自身が「堀ちえみ=アイドル」という認識を高く持ってアイドルをこなしていたゆえに潔く引退もできたのかな、ということを思わせる内容であり、今となってはその短い活動期間・活動内容が”永遠のアイドル”と評価するに充分足りるものでは無いかと思う。


——”いくら脱皮といっても、アイドルはアイドルだと思うし、アイドルってそんなに長く続くもんじゃないと思うから。そんなんだったら、歌が歌えなくなる前にやめちゃおうって。歌が好きだからこそやめるんです”——–


 


ということで、個人的には France Gall に次いで”永遠のアイドル”になってしまいました。記憶から無くなることはありませんw
現在全音源のCD入手は難しいものがあり(2003年~2005年に、完全限定盤のBOXでCD化済ではあるが)、考えた挙句にすべての音源を「レコードで」入手しました。

現在は執筆活動やタレント活動、たまに歌を歌うなどで改めて活躍している「堀ちえみちゃん」、アイドル引退後の人生もイロイロあったようですが、これからもがんばってくださいませ。


次はディスコグラフィーを予定。


 

往年のヒット曲レビュー(46)/堀ちえみ(1)

2010年10月15日 / favorite CD

<記憶の中の 堀ちえみ イメージ>

堀ちえみ は、1982年3月、彼女自身が中学を卒業して高校入学間近、という時にデビューした。デビュー自体は、「第6回(1981年)ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝して前年から決まっていたようだ。

個人的には、堀ちえみデビュー時は小学校3年生→4年生になる時であり、デビュー年のリアルタイム感覚は全く記憶に無い。ただ、当時大人気だったテレビ番組「ザ・ベストテン」のTOP10ランキングを1981年9月頃から断片的にノートに残し始めたのち、本格的に毎週TOP20を残し始めるようになった 1982年5月20日 放送分の回の「スポット・ライト」に、石川秀美のデビュー曲「妖精時代」とともに、堀ちえみがデビュー曲「潮風の少女」で出演したと当時記録していたし、堀ちえみが初めて「ザ・ベストテン」のTOP10にランクインした 1983年2月17日放送分 の回もランキングをノートに残していたので、彼女の存在自体はわかっていたようだ。

その後 明確に記憶に残っているのが、1983年7月に発売された彼女の 7th SINGLE「青い夏のエピローグ」だ。この曲で「ザ・ベストテン」「ザ・トップテン」に、JALの制服姿で中継先より熱唱し印象に残ったのと、曲自体の良さからだったと思う。

それ以降、ドラマ「スチュワーデス物語」にハマったのと、「白いハンカチーフ」「クレイジーラブ」「リ・ボ・ン」等々自分が好きになるような曲を出し、「堀ちえみってドラマはおもしろかったし、曲は良い曲が多いな」と小学生ながらに「楽曲を」期待していたことを記憶している。
堀ちえみ 自体には、自分より年上ということもあって「自分より上の年代が応援する、ごく普通のアイドルであり、自分から見たらお姉さん的?」という認識しかなかったと思う。

↓自分の記憶の中の堀ちえみのイメージはこんな感じ

↑つまり「ショートヘアだ」という記憶w (上は1984年11月8日生放送・当時17歳)
↓「ちょっとかわいいバージョンかも」と当時思ったヘアスタイルの記憶w(下は1985年初頭頃)

↓あるいは、当時見てたドラマ「スチュワーデス物語」の記憶(下は1983年7月28日歌番組生放送・ドラマ放映開始3ヶ月前・当時16歳)

↓あるいは、ドラマ「スチュワーデス物語」の放映が終わった後の「ドジでのろまなカメ」の記憶。
小学生ながらに「化粧厚いな」と思った記憶もありつつw(下は1984年5月28日生放送・当時17歳)

↓で、「ザ・トップテン」で靴を飛ばした記憶w

 

「リ・ボ・ン」(1985年1月)の時点で、次に彼女が出す楽曲の(自分の中の)期待値が最大値に。しかし、発売された「次の楽曲」(Deadend Street GIRL)は、中学生になった自分にとってはちょっと残念だった。彼女が歌う曲のイメージとはかけ離れていたからだと思う。だって、曲の冒頭と終わりにクサいセリフが入っているのと(当時、セリフを入れるのは自分的には「古い」と思った)、曲がフェイドアウトして終わったかと思えばまたフェイドインしていくんだよ?それでも、「堀ちえみの曲だから何回か聞けば良い曲と思うかも」ということで、録音したテープ(※)を数十回ほど聴き、「何となく悪くは無い」と思うようになりつつも「次の曲に期待しよう」と思っていた。

※当時小中学生だった自分としては、レコードを買うお小遣いもそうそう多くなく、毎日「FMから流れてくるヒット曲」(もちろん、DJのしゃべりが曲にかぶらなく、かつ完全版フルで曲が流れる番組を選んで・・・NHK-FM札幌放送局の「夕べのひととき」とか、FM北海道の「コンピューターベストテン」とかだったっけな?)を「エア・チェック」してテープにステレオ録音した曲を聞いていた感じ

で、「Deadend Street GIRL」の次に出た曲が「Wa・ショイ!」だww
これはテレビで見ると衣装的にも楽曲的にも当時見ているこちらが恥ずかしくなるほどある意味衝撃で、とても残念に思った記憶がある。最近でもテレビ番組で当時のこの「Wa・ショイ!」が流れるシーンを見たが、やっぱり今でも恥ずかしいw

その後は「青春の忘れ物」というバラードチックな曲を出したが、これも「堀ちえみの曲だから何回か聞けば良い曲と思うかも」ということで、録音したテープを数十回ほど聴き、「何となく悪くは無い」と思うようになりつつも、次第に「次の曲に期待しよう」とも思わなくなっていた。気が付けば1987年春に引退していた・・・

 

・・・と、こんな記憶しかなかったのだが・・・・・・。

(続く)

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越部信義 CM WORKS

2009年11月30日 / favorite CD

ついに出ましたっ(つか、1月に・・・)


かの越部信義氏の CM WORKS CDです。


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「越部信義 CM WORKS」
発売日:2009/01/21
ウルトラヴァイブ/CDSOL-1277



企画・監修:濱田高志、デザイン:RPJ
※ブックレットには、越部信義・プロフィールの他、桜井順、山川浩二、伊藤アキラのコメントを掲載


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「おもちゃのチャチャチャ」「みなしごハッチ」などアニメ・童謡系でキラリとさりげないセンスを見せつけてくれた越部さん。その越部さんの CMソングのお仕事 の一部がCD化されました。


一度は聞いたことがある、「オー・モーレツ!」「光る東芝」「日石灯油だもんネ」等々、実はこれらは越部さんの曲であり、ここでもやっぱりキラリとさりげないセンスを見せつけています。うーむ感服だ。永く人々の記憶に残る作品多いです。マジでシビれます。


越部さんのことについては
http://pub.ne.jp/france_gall/?entry_id=437357
でも触れてますのでご参考までに・・・


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[曲順]タイトル/うた(作詞)※作曲はもちろんすべて 越部信義 氏

[1] 東芝「光る東芝」/ダークダックス(峠三四郎)
[2] 丸善石油「オー・モーレツ!」/はつみかんな、ハニー・ナイツ(伊藤アキラ)
[3] 崎陽軒「シウマイ旅情」/ザ・ヴァイオレッツ、ハニー・ナイツ(伊藤アキラ)
[4] 日石灯油「日石灯油だもんネ」/天地総子(のぶひろし)
[5] 釜屋「清酒力士の唄」(伊藤アキラ)
[6] 富士写真フィルム「フジフィルムの唄」/フォー・コインズ(峠三四郎)
[7] 日産自動車工業「ニッサン・ダットサン」/ボニー・ジャックス(峠三四郎)
[8] サンポット「パネロンの唄」/楠トシエ(峠三四郎)
[9] 林屋茶舗「林屋のお茶」/スリー・キャッツ(峠三四郎)
[10] 愛知機械工業「コニーの唄」/天地総子(峠三四郎)
[11] ヤシカ「ヤシカ・ラピードカメラ」/リリオ・リズム・エアーズ(峠三四郎)
[12] 松尾糧食工業所「バンビ・コーヒーキャラメル」/ペアー・バンビ(峠三四郎)
[13] 中外製薬「バルサンの唄」/天地総子(峠三四郎)
[14] ヤシカ「ヤシカ・リンクスカメラ」/フォー・コインズ(峠三四郎)
[15] 旭電化「テルーテッテルテッテルナ」/楠トシエ(峠三四郎)
[16] タカラ 「ダッコちゃんマーク」/天地総子(峠三四郎)
[17] 厚木ナイロン「アツギのタイツで―スッタカタスッタカタ」/楠トシエ(峠三四郎)
[18] 東芝月販「東芝リンクストア」/森山加代子(峠三四郎)
[19] エーザイ「サクロンの唄」/天地総子、香椎くに子(峠三四郎)
[20] セメダイン「セメダイン・スーパー」/ボニー・ジャックス(峠三四郎)
[21] パークディヴィス三共「パラダック」/中島そのみ(峠三四郎)
[22] 伊藤喜商店「テキパキ・イトーキ」/ボニー・ジャックス(峠三四郎)
[23] 明治乳業「明治シャーベット」/スリー・バブルス(峠三四郎)
[24] 味の素「味の素プラス」/天地総子、フォー・コインズ(峠三四郎)
[25] シスコ製菓「シスコ・エースコイン」/久里千春、フォー・コインズ(峠三四郎)
[26] ミツワ石鹸「ミツワ・ウェーブシャンプー」/岸洋子(峠三四郎)
[27] 両口屋是清「うれし千成もなか」/伴久美子(峠三四郎)
[28] 宝酒造「タカラビールの唄」/リリオ・リズム・エース(峠三四郎)
[29] ハウスカレー本舗「ハウスカレーの唄」/楠トシエ(峠三四郎)
[30] ブリジストン「ロードマン」/比山貴咏史(峠三四郎)
[31] ハリス「ハイ・フルーツガム」/安田祥子、安田章子(峠三四郎)
[32] ヤマモリ製パン「ヤマモリパンの唄」/トリオ・コイサンズ(峠三四郎)
[33] 「デナパック」/天地総子(不詳)
[34] ライオン「エメロンシャンプー」(不詳)
[35] マックスファクター「カリフォルニアサングロー」(不詳)
[36] 東レ「テトロン~外国篇」(不詳)
[37] 東芝「光る東芝」/東京少年合唱団(峠三四郎)
[38] 西武百貨店「夢の西武」/ボニー・ジャックス(峠三四郎)
[39] 三洋電機「サンヨー電機の唄」/渡辺トモコ、フォー・コインズ(峠三四郎)
[40] 井関農機「井関農機の唄」/フォー・コインズ(峠三四郎)
[41] 東海漬物「東海漬物の唄」/伴久美子、フォー・コインズ(峠三四郎)
[42] 古谷製菓「フルヤの唄」/スリー・バブルス(峠三四郎)
[43] 日立「日立のうた―H.I.T.A.C.H.I.. 日立」(峠三四郎)
[44] 日本交通公社「J.T.Bの唄」/梅木マリ、アンサンブル・レオーネ(峠三四郎)
[45] 花王石鹸「花王石鹸の唄」/真理ヨシ子、ヴォーカル・ショップ(峠三四郎)
[46] 神戸製鉄「神戸製鋼の唄」/ボニー・ジャックス(のぶひろし)
[47] 日本レイヨン「日本レイヨンの唄」/ロミ山田、フォー・コインズ(不詳)
[48] 伊勢丹「伊勢丹の唄」(不詳)
[49] 日本水産「日水の唄」(不詳)
[50] フジテレビ「スター千一夜テーマ―夜がくれば」/フォー・コインズ、スリー・バブルス(伊藤アキラ)

往年のヒット曲レビュー(45)/太田裕美「雨だれ」

2009年11月29日 / favorite CD

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名作だ・・・松本隆もよくこんな詞を書けるものだ、と思うが、筒美京平もよくいろいろなタイプのメロディーラインをキレイに奏でるものだ。恐るべし筒美京平。


で、この曲にぴったりマッチした太田裕美の声・歌が、もう離れられなくなる名作だ。


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(Wikipedia より抜粋)
歌手であるが、ハイトーンの独特な声質や、ルックスの良さ(可愛さ)からアイドル視される事もしばしばあった。事実、当初はキャンディーズの一員としてデビューする予定だったが、田中好子と交代している(松下治夫「芸能王国渡辺プロの真実」)。歌謡曲を歌う庶民的なアイドル歌手と、1970年代に台頭してきたフォーク系歌手との中間的なイメージがあり、独特な位置づけの人気歌手になった。


8歳からピアノを習い始める。


(略)


『ヤング101』終了後、オーディション番組に出て優勝、渡辺プロと新人養成契約を結び、ライブハウス等でピアノの弾き語りで歌い始める。


1974年11月1日に「雨だれ/白い季節」でデビュー。デビュー初期はフォーク調で、ピアノによる弾き語りの曲が多かった。


1975年12月に3作目のアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた「木綿のハンカチーフ」が大ヒット、翌1976年のオリコンチャート4位を記録(1位は子門真人「およげ!たいやきくん」)、スター歌手の仲間入りを果たした。なお、NHK紅白歌合戦には初登場の1976年から1980年まで、5年連続で通算5回の出場経験がある。


(略)


既存のアイドル歌手にはない清潔さと品を感じさせる一方で、フォーク系歌手にありがちな暗く孤高なイメージも皆無なため、大学生などに絶大な人気を誇り、渡辺プロ公式ファンクラブができるより早く、東京大学で太田裕美ファンクラブが結成された。いわゆる「学園祭の女王」という称号を得た最初の歌手とも言われている。
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太田裕美といえば、松本・筒美コンビの名作「木綿の~」が有名だと思う。


松本隆が長い詞を書き「これに曲は付けられない」と豪語する一方で、
筒美京平が「詞が長すぎる」と言いながらも難なくメロディを付けてしまった、
というエピソードは有名であるが、これは太田裕美の4枚目のシングルである。


「雨だれ」はデビュー曲となる。彼女本人が「大事にしたい曲」というように
彼女自身の思い入れもあると思うが、今でも、大ヒットとなった「木綿の~」
よりも、スマッシュヒットであったこの「雨だれ」の方が歌われているのではないか、
と思うくらい様々取り上げられている名作である。編曲は、この当時頭角を
あらわしている萩田光雄だ。



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◇太田裕美・歌手データ


太田 裕美(歌手)
本名:福岡 弘美(ふくおか ひろみ)
生年月日:1955年1月20日
出身:東京都荒川区(埼玉県春日部市育ち)


 


◇デビュー時~しばらく(1974年~1977年)主な音楽祭賞受賞データ


1975年第17回日本レコード大賞/新人賞「雨だれ」
1975年第8回新宿音楽祭/銀賞「雨だれ」
1975年第8回日本有線大賞/優秀新人賞「雨だれ」
1975年第4回東京音楽祭・国内大会/最優秀新人賞「たんぽぽ」


1976年第9回日本レコードセールス大賞/作品賞「木綿のハンカチーフ」
1976年第9回全日本有線放送対象/優秀スター賞「木綿のハンカチーフ」
1976年第9回日本有線大賞/有線ヒット賞「しあわせ未満」
1976年第3回横浜音楽祭/横浜音楽祭賞(5名)
1976年第6回銀座音楽祭/ラジオディスクグランプリ(3名)
1976年第9回日本レコードセールス大賞/シングルゴールデン賞
1976年第2回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭/ヤングアイドル賞


1977年FNS歌謡祭・音楽大賞/優秀歌謡音楽賞「九月の雨」
1977年第3回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭/ヤングアイドル賞



 




 




 




 




 




2005年1月。当時50歳くらいか。声もスタイルもほとんど変わらない。


 




2006年7月。当時51歳くらいか。声もスタイルもほとんど変わらない。すごいなぁ・・・


 


◇太田裕美・作品データ「雨だれ」(1st SINGLE)



太田裕美「雨だれ」(1st SINGLE)
作詞:松本 隆
作曲:筒美京平
編曲:萩田光雄
発売:1974/11/01
品番:SOLB-193(CBS・ソニー)
オリコン最高位:14位
オリコン登場週数:22週(100位以内)
オリコン売上枚数:180,600枚



◇「雨だれ」チャートアクション


●は「赤丸上昇曲」、○は「今後得点が急増すると思われる曲(白ヌキ数字)」という当時の扱い


日付——-順位–累積売上(オリコン得点修正後のもの)
1974/11/25 –125
1974/12/02 –108
1974/12/09 ● 76 —  3,200枚
1974/12/16 ● 49
1974/12/23 ○ 33 — 15,000枚 (1万枚突破)
1975/01/06 ○ 29
1975/01/13 ● 28 — 2週分集計週
1975/01/20 ● 27
1975/01/27 ● 24 — 54,000枚 (5万枚突破)
1975/02/03 ○ 20
1975/02/10 — 21
1975/02/17 — 20
1975/02/24 — 17 –100,500枚(10万枚突破)
1975/03/03 — 14
1975/03/10 — 20
1975/03/17 — 19
1975/03/24 — 28
1975/03/31 — 33 –154,700枚(15万枚突破)
1975/04/07 — 35
1975/04/14 — 37
1975/04/21 — 42
1975/04/28 — 63
1975/05/05 — 71 –180,600枚 (最終売上)

1971年度 洋楽SINGLE 年間TOP50

2009年11月29日 / SINGLE CHART(JAPAN)

このBlogには「アクセス解析」機能があり、その中には「検索語集計」なるものがある。これはどうも「検索サイトでどのようなキーワードを入力してアクセスしてきたのか」がわかる集計機能らしい。 先日、この「検索語集計」を何気なく見ていたら、いろいろチャートに関するキーワードがあった。

ご要望に応えて(?)なんとなく掲載してみるコーナーを作りましたw

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◆オリコン 1971年度洋楽SINGLE年間ランキング

「オリコン年間洋楽シングルチャート 1971」というキーワードで検索して来られたようです。

今から38年前、1971年度 年間の洋楽INGLEチャートを掲載します。

知ってる曲がいっぱいだな~。日本だけのヒットも多くありますが。
洋楽天国年ですので、1970年で掲載した30位までではなく、50位まで掲載。

日本オンリーは「ナオミの夢」「霧の中の二人(ビルボード37位くらい?)」「男の世界」
「雪が降る(日本語)(フランスでは本国版がヒットしていたのだろうか?
アダモはフランスでは売れてます)」「悲しき鉄道員(ビルボード104位くらい?)」
「魔 法」「バタフライ」「ミスター・マンデイ」「シーズン」「バタフライ」とかか?
「恋のかけひき」「ローズ・ガーデン」「シーズン」「バタフライ」「嘆きのインディアン」
「ハロー・リバプール」「サインはピース」「悲しき初恋」「ミスター・マンデイ」
「あなたのとりこ」「涙のハプニング」「嵐の恋」「雨のフィーリング」
「イッツ・トゥ・レイト」「悲しみの兵士(56位)」とか好きだなぁ。

って、「エジソンライトハウス」と「オリジナルキャスト」と「ショッキングブルー」と
「バッドフィンガー」のCDがどこかに埋もれていたような・・・。

※「累積売上」は、オリコン得点修正後のもの。

集計期間;1970/12/07付~1971/11/29付

洋楽
順位
総合
順位
71年度
売上枚数
TITLE ARTIST 71年度
最高位
71年度
登場週数
発売日 メーカー
1 5 666,300 ナオミの夢 ヘドバとダビデ 1 34 1971/01/25 V
2 12 416,100 小さな恋のメロディ ビー・ジーズ 3 23 1971/06/10 G
3 16 370,950 霧の中の二人 マッシュマッカーン 1 20 1970/10/21 CS
4 22 327,000 男の世界 ジェリー・ウォーレス 2 20 1970/07/25 TO
5 24 323,600 ある愛の詩 アンディ・ウイリアムス 4 29 1971/03/21 CS
6 30 308,100 この胸のときめきを エルヴィス・プレスリー 5 35 1970/11/25 V
7 31 305,150 雪が降る(日本語) アダモ 5 37 1969/06/01 TO
8 34 293,850 悲しき鉄道員 ザ・ショッキング・ブルー 2 18 1970/09/10 G
9 35 288,950 ある愛の詩 フランシス・レイ 6 33 1971/01/25 V
10 38 268,950 マイ・スウィート・ロード ジョージ・ハリスン 4 18 1971/01/10 TO
11 43 246,650 アナザー・デイ ポール・マッカートニー 6 22 1971/04/05 TO
12 45 241,550 サマー・クリエイション ジョーン・シェパード 4 19 1971/06/05 TO
13 53 214,350 ある愛の詩(日本語) アンディ・ウイリアムス 5 22 1971/04/21 CS
14 54 213,450 さすらいのギター ザ・ベンチャーズ 13 30 1971/04/05 TO
15 55 206,650 魔 法 ルー・クリスティ 7 20 1970/10/25 C
16 60 196,350 レット・イット・ビー ビートルズ 12 26 1970/03/25 TO
17 62 195,000 ノックは三回 ドーン 8 21 1971/01/21 CS
18 64 184,800 シェリーに口づけ ミッシェル・ポルナレフ 6 13 1971/08/21 CS
19 65 179,000 ローズ・ガーデン リン・アンダーソン 6 20 1971/02/21 CS
20 66 177,850 シーズ・ア・レディ トム・ジョーンズ 12 25 1971/03/20 K
21 69 167,350 シーズン アース&ファイアー 8 16 1971/01/05 G
22 74 155,750 バタフライ ダニエル・ジェラール 10 18 1971/06/10 G
23 76 154,950 雨を見たかい クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル 11 22 1971/02/05 TO
24 77 153,950 恋のかけひき ハミルトン,ジョー・フランク&レイノルズ 10 18 1971/07/05 TO
25 79 150,800 嘆きのインディアン マーク・リンゼイとレイダース 14 24 1971/04/21 CS
26 82 146,300 黒い炎 チェイス 10 13 1971/08/21 CS
27 84 145,000 ハロー・リバプール カプリコーン 11 17 1971/03/10 V
28 89 133,100 サインはピース オーシャン 14 20 1971/04/25 C
29 92 124,650 悲しき初恋 パートリッジ・ファミリー 14 18 1970/10/21 CS
29 92 124,650 ブラック・マジック・ウーマン サンタナ 16 21 1971/01/21 CS
31 94 118,300 太陽は燃えている エンゲルベルト・フンパーディンク 21 23 1970/12/01 K
32 96 116,000 ミスター・マンデイ ザ・オリジナル・キャスト 14 17 1970/05/21 CS
33 98 113,050 あなたのとりこ シルヴィ・バルタン 18 17 1970/11/05 V
34 101 108,850 悲しき恋心 ザ・ショッキング・ブルー 17 15 1971/08/01 G
35 104 104,400 ミスター・ロンリー レターメン 15 14 1970/10/25 TO
36 107 102,350 アメリカ サイモンとガーファンクル 15 14 1971/08/21 CS
37 109 100,950 美しき人生 ジョージ・ハリスン 19 14 1971/04/05 TO
38 110 97,200 ブラック・ナイト ディープ・パープル 35 23 1970/12/05 WP
39 120 90,450 ピノキオ ダニエル・ビダル 20 16 1970/11/10 K
40 128 86,200 コンドルは飛んで行く サイモンとガーファンクル 28 17 1970/06/21 CS
41 131 83,000 涙のハプニング エジソン・ライトハウス 23 17 1971/07/21 CS
42 139 78,500 喜びの世界 スリー・ドッグ・ナイト 23 14 1971/04/25 TO
43 142 78,050 流れ者のテーマ フランシス・レイ 23 16 1971/02/01 K
44 146 75,300 エーゲ海の真珠 ポール・モーリア 40 19 1970/12/20 PH
45 148 74,350 シルバー・ムーン マイク・ネスミスとファースト・ナショナル・バンド 25 15 1971/02/05 V
46 151 74,000 スウイート・ヒッチ・ハイカー クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル 25 16 1971/08/05 TO
47 152 73,500 長い夜 シカゴ 17 9 1970/09/21 CS
48 153 72,550 移民の歌 レッド・ツェッペリン 13 9 1971/01/25 WP
49 157 68,150 嵐の恋 バッドフィンガー 24 15 1971/01/25 TO
50 158 67,150 雨のフィーリング ザ・フォーチュンズ 31 15 1971/07/05 TO
51 161 64,000 イッツ・トゥ・レイト キャロル・キング 34 17 1971/07/10 K

またご冥福を・・・

2009年11月29日 / favorite CD

丘灯至夫 氏が亡くなりました。元コロムビア専属作家ということで
コロムビア発売の歌謡曲からアニメ作品まで(越部さんの音楽でもちょっと触れましたが)
幅広く作詞を手がけました。
ご冥福をお祈りします。
—————————————————————
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091124-00000010-maip-soci
(引用)
「高校三年生」などの作詞家として知られた丘灯至夫(おか・としお、本名・西山安吉=にしやま・やすきち)さんが24日午前4時2分、腎不全のため東京都内の病院で亡くなった。92歳。葬儀は近親者だけで行い、お別れの会を後日開く予定。喪主は妻ノブヨさん。
 福島県生まれ。西条八十に師事し、1937年に作詞家としてデビュー。NHKを経て42年、毎日新聞社に入社。49年、同社に在籍(72年に退職)しながら、日本コロムビア専属の作詞家になった。舟木一夫さんが歌った「高校三年生」(63年)が大ヒットし、日本レコード大賞作詞賞を受賞した。88年、勲四等瑞宝章を受章。
 作詞した主な歌謡曲は「あこがれの郵便馬車」(52年、歌は岡本敦郎)▽「高原列車は行く」(54年、同)▽「東京のバスガール」(57年、歌はコロムビア・ローズ)など。そのほか、アニメ「みなしごハッチ」のテーマ曲や「猫ふんじゃった」なども含めて、1200曲以上の作詞を手掛けた。

1975年度 年間SINGLE TOP100

2009年9月25日 / CHART全般(JAPAN)

このBlogには「アクセス解析」機能があり、その中には「検索語集計」なるものがある。これはどうも「検索サイトでどのようなキーワードを入力してアクセスしてきたのか」がわかる集計機能らしい。 先日、この「検索語集計」を何気なく見ていたら、いろいろチャートに関するキーワードがあった。特に1972年とか。

ご要望に応えて(?)なんとなく掲載してみるコーナーを作りましたw

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◆オリコン 1975年度年間ランキング

「オリコン 年間ランキング 1975 zoizoi」というキーワードで検索して来られたようです。

今から34年前、1975年度 年間のSINGLEチャートを掲載します。

 

※「累積売上」は、オリコン得点修正後のもの。

※「旅愁」「中の島ブルース」の売上が、書籍「データ私書箱」と異なりますが、以下が現在の公式のはず。
(例:「中の島ブルース」は、書籍「オリコンチャートブック アーティスト編1968-1987」と「CHART BOOK COMPLETE EDITION 1968-2005」を比較していただければわかりますが「1.9万枚」の誤差があります。このような例は他にも意外と多い。)

集計期間;1974/12/02付~1975/11/24付

75年度順位 75年度売上枚数 TITLE ARTIST 75年度最高位 75年度登場週数 発売日 メーカー
1 994,750 昭和枯れすゝき さくらと一郎 1 45 1974/07/21 P
2 878,550 シクラメンのかほり 布施 明 1 32 1975/04/10 K
3 794,200 想い出まくら 小坂恭子 1 25 1975/05/25 CA
4 791,000 時の過ぎゆくままに 沢田研二 1 13 1975/08/21 P
5 776,900 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ/カッコマン・ブギ ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 1 25 1975/04/20 TO
6 771,750 ロマンス 岩崎宏美 1 17 1975/07/25 V
7 707,500 22才の別れ 1 32 1975/02/05 CR
8 707,400 心のこり 細川たかし 1 32 1975/04/01 C
9 700,700 我が良き友よ かまやつひろし 1 27 1975/02/05 TO
10 529,350 冬の色 山口百恵 1 17 1974/12/10 CS
11 526,950 はじめての出来事 桜田淳子 1 19 1974/12/05 V
12 505,150 スモ-キン’ブギ ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 4 33 1974/12/01 TO
13 458,100 『いちご白書』をもう一度 バンバン 1 16 1975/08/01 CS
14 453,000 私鉄沿線 野口五郎 1 18 1975/01/20 P
15 433,950 おんなの夢 八代亜紀 3 27 1975/01/25 T
16 423,350 いつか街で会ったなら 中村雅俊 6 25 1975/05/01 C
17 418,800 あなたにあげる 西川峰子 1 20 1974/07/25 V
18 404,350 十七の夏 桜田淳子 2 17 1975/06/05 V
19 402,350 愛の迷い子 アグネス・チャン 2 18 1974/12/21 WP
20 390,150 旅 愁 西崎みどり 2 21 1974/08/01 TK
21 388,500 僕にまかせてください クラフト 10 30 1975/04/10 WP
22 382,150 やすらぎ 黒沢年男 5 28 1975/05/01 C
23 378,850 哀しみの終るとき 野口五郎 2 17 1975/04/21 P
24 372,850 千曲川 五木ひろし 6 26 1975/05/25 TK
25 360,950 面 影 しまざき由理 6 21 1975/07/01 C
26 347,600 わたし祈ってます 敏いとうとハッピー&ブルー 5 22 1974/07/25 T
27 341,800 冬の駅 小柳ルミ子 1 16 1974/10/10 WP
28 341,400 恋の暴走 西城秀樹 3 17 1975/05/25 V
29 341,350 ひとり歩き 桜田淳子 4 16 1975/03/05 V
30 339,500 夕立ちのあとで 野口五郎 2 16 1975/07/10 P
31 329,100 北へ帰ろう 徳久広司 4 13 1975/08/25 WP
32 328,700 夏ひらく青春 山口百恵 4 17 1975/06/10 CS
33 315,050 プリーズ・ミスター・ポストマン カーペンターズ 11 29 1974/12/10 K
34 295,550 甘い生活 野口五郎 1 15 1974/10/20 P
35 281,750 ともしび 八代亜紀 10 22 1975/05/25 T
36 278,050 木枯しの二人 伊藤咲子 5 20 1974/12/01 TO
37 277,250 さらばハイセイコ- 増沢末夫 4 19 1975/01/01 P
38 277,000 この愛のときめき 西城秀樹 3 15 1975/02/25 V
39 273,850 涙と友情 西城秀樹 4 16 1974/11/25 V
40 273,050 学校の先生 坂上二郎 8 24 1974/11/01 CS
41 259,750 年下の男の子 キャンディーズ 9 19 1975/02/21 CS
42 251,250 天使のくちびる 桜田淳子 4 13 1975/08/25 V
43 249,400 湖の決心 山口百恵 5 14 1975/03/21 CS
44 249,200 裏切りの街角 甲斐バンド 7 22 1975/06/05 TO
45 248,750 中の島ブルース 内山田洋とクールファイブ 11 17 1975/07/25 V
46 245,350 誘われてフラメンコ 郷 ひろみ 2 14 1975/07/21 CS
47 243,150 花のように鳥のように 郷 ひろみ 2 14 1975/04/21 CS
48 242,850 おんなの運命 殿さまキングス 7 18 1974/11/05 V
49 237,500 お前に惚れた 萩原健一 8 15 1975/08/10 WP
50 235,650 オンリ-・イエスタディ カーペンターズ 12 23 1975/04/25 K
51 231,800 初めてのひと 西川峰子 8 22 1974/12/05 V
52 223,400 人恋しくて 南 沙織 8 16 1975/08/01 CS
53 220,800 東 京 マイ・ペース 28 46 1974/10/25 V
54 218,700 わるい誘惑 郷 ひろみ 5 14 1974/12/21 CS
55 217,500 白い部屋 沢田研二 8 15 1975/03/01 P
56 213,700 みれん 五木ひろし 6 15 1974/10/10 TK
57 212,000 となりの町のお嬢さん 吉田拓郎 4 8 1975/09/25 FL
58 210,850 理 由 中条きよし 4 14 1974/10/01 CA
59 209,500 ささやかな欲望 山口百恵 5 9 1975/09/21 CS
60 209,100 うぐいすだにミュ-ジックホ-ル 笑福亭鶴光 14 25 1975/05/25 WP
61 202,500 巴里にひとり 沢田研二 5 14 1975/05/21 P
62 193,100 華麗なうわさ フィンガー5 6 13 1974/12/25 PH
63 191,350 愛の逃亡者 沢田研二 12 17 1974/11/21 P
64 189,050 恋人たちの午後 アグネス・チャン 7 12 1975/03/25 WP
65 185,000 至上の愛 西城秀樹 6 12 1975/08/25 V
66 180,600 雨だれ 太田裕美 14 22 1974/11/01 CS
67 168,250 酒場にて 江利チエミ 22 32 1974/09/25 K
68 167,350 哀恋記 五木ひろし 10 16 1975/02/10 TK
69 166,900 恋のリクエスト あいざき進也 10 14 1975/04/25 WP
70 164,400 ふたりの秘密 西川峰子 13 17 1975/03/25 V
71 163,300 ひと雨くれば 小柳ルミ子 15 17 1975/05/25 WP
72 157,950 美しい愛のかけら 野口五郎 2 5 1975/10/21 P
73 156,000 ハッスル ヴァン・マッコイ&スタイリスティックスOr. 24 20 1975/07/05 V
74 155,850 恋があぶない ずうとるび 13 15 1975/03/25 EL
75 154,400 愛の執念 八代亜紀 11 14 1974/09/25 T
76 154,050 夢よもういちど 真木ひでと 9 11 1975/09/01 CS
77 153,450 襟裳岬 森 進一 11 16 1974/01/15 V
78 151,000 センチメンタル 岩崎宏美 2 4 1975/10/25 V
79 149,850 哀愁のレイン・レイン チェリッシュ 15 19 1975/01/10 V
80 148,400 湯けむりの町 森 進一 13 17 1974/12/25 V
81 147,400 はだしの冒険 アグネス・チャン 12 14 1975/06/10 WP
82 147,050 あなたの私 石川さゆり 19 21 1975/07/01 C
83 147,000 今はもうだれも アリス 12 11 1975/09/05 TO
84 146,700 傷だらけの天使 井上尭之バンド 24 26 1974/09/21 P
85 146,400 みかん色の恋 ずうとるび 14 20 1974/11/10 EL
86 143,000 にがい涙 スリー・ディグリーズ 15 17 1975/02/01 CS
87 142,200 あじさいの雨 渡 哲也 16 20 1974/10/21 P
88 140,400 二重唱(デュエット) 岩崎宏美 19 22 1975/04/25 V
89 140,100 白いくつ下は似合わない アグネス・チャン 12 13 1975/08/25 WP
90 136,900 面影の君 森 昌子 15 16 1975/06/01 TK
91 136,800 白い冬 ふきのとう 14 15 1974/09/21 CS
92 136,100 ふたりの旅路 五木ひろし 14 10 1975/09/25 TK
93 133,950 バンプ天国 フィンガー5 13 13 1975/03/05 PH
94 131,050 黄昏の街 小柳ルミ子 12 12 1975/02/25 WP
95 129,000 白い風よ 桜田淳子 9 12 1975/05/10 V
96 128,100 逢えるかもしれない 郷 ひろみ 4 5 1975/10/21 CS
97 127,550 恋の大予言/上級生 フィンガー5 10 13 1974/09/10 PH
98 125,950 淋しがりや 梓 みちよ 14 16 1974/09/25 K
99 124,800 サボテンの花 チューリップ 19 17 1975/02/05 TO
100 124,550 木枯らしの舗道 天地真理 14 13 1974/12/10 CS

その他リクエスト

2009年9月10日 / CHART全般【リクエスト】

その他リクエスト


キーワード「オリコン 年間ランキング 1975 zoizoi」
→目下集計中


キーワード「作曲 恋に恋して ホワイト・プレインズ」
→Roger Cook = Roger Greenaway による作品。


フラワー・ポット・メンからカーター・ルイスが抜け、トニー・バロウズ、ピート・ネルソンとソングライターのロジャー・グリーナウェイと組んだグループがホワイト・プレインズ。セッション・ボーカリストのトニー・バロウズはすぐにエジソン・ライトハウスに引き抜かれ、後にブラザー・フッド・オブ・マン、ピプキンスでも活躍した。

「恋に恋して(My Baby Loves Lovin’)(全英9位、全米13位)は、ノリのいいポップ・チューン。グリーナウェイは弾むリズムの曲が得意でニュー・シーカーズの「I’D LIKE TO TEACH THE WORLD TO SING(愛するハーモニー)」(全米7位、日本1位/コカ・コーラCMソング)、フォーチュンズの「YOU’VE GOT A TROUBLE」(全米7位)などを手がけている。


キーワード「1973年1月1日付のアルバムランキング」
→1973年1月15日付との3週分合算となっています。3週合算はこの年のみ。

往年のヒット曲レビュー(44)/明日に架ける橋

2009年9月10日 / CHART全般【リクエスト】

このBlogには「アクセス解析」機能があり、その中には「検索語集計」なるものがある。これはどうも「検索サイトでどのようなキーワードを入力してアクセスしてきたのか」がわかる集計機能らしい。 先日、この「検索語集計」を何気なく見ていたら、いろいろチャートに関するキーワードがあった。特に1972年とか。


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◆ サイモンとガーファンクル「明日に架ける橋」


「チャート サイモン&ガーファンクル 明日に架ける橋 1970年」というキーワードで検索して来られたようです。


サイモン&ガーファンクルは、ポール・サイモン(Paul Simon)とアート・ガーファンクル(Art Garfunkel)によるポピュラー音楽ユニットである。(1964年-1970年。再結成あり)日本でも人気が高い。


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◇作品データ・歌手データ



サイモンとガーファンクル「明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)」(日本9th SINGLE、アメリカ11th SINGLE・Billboard最高位1位)
作詞:Paul Simon
作曲:Paul Simon
発売:1970/03/21
品番:CBSA-82050(CBSソニー)
オリコン最高位:11位
オリコン登場週数:41週(100位以内)
オリコン売上枚数:262,600枚



◇「明日に架ける橋」チャートアクション


※「累積売上」は、オリコン得点修正後のもの。
なお、1971年1月~1974年3月までは、毎週のチャートをコンプリート出来ないため一部不明確あるいは、下位に行くほど(おそらくあっていると思いますが)推測の順位があります。


日付——-順位–累積売上
1970/03/30 — 72 
1970/04/06 — 18 — 12,400枚 (1万枚突破)
1970/04/13 — 16 
1970/04/20 — 14 
1970/04/27 — 11 —  5.2万枚 (5万枚突破)
1970/05/04 — 11 
1970/05/11 — 13 
1970/05/18 — 13 
1970/05/25 — 15 — 10.8万枚 (10万枚突破)
1970/06/01 — 12 
1970/06/08 — 13 
1970/06/15 — 14 — 15.0万枚 (15万枚突破)
1970/06/22 — 16 
1970/06/29 — 18 
1970/07/06 — 22 
1970/07/13 — 24 
1970/07/20 — 33 
1970/07/27 — 40 
1970/08/03 — 47 — 20.1万枚 (20万枚突破)
1970/08/10 — 60 
1970/08/17 — 60 
1970/08/24 — 61 
1970/08/31 — 62 
1970/09/07 — 62 
1970/09/14 — 62 
1970/09/21 — 64 
1970/09/28 — 63 
1970/10/05 — 66 
1970/10/12 — 68 
1970/10/19 — 70 
1970/10/26 — 84 
1970/11/02 — 84 
1970/11/09 — 78 
1970/11/16 — 75 
1971/06/28 — 84 — 25.0万枚 (25万枚突破)
1971/07/05 — 92 
1971/07/12 — 89 
1971/07/19 — 83 
????/??/?? — ?? 
????/??/?? — ?? 
????/??/?? — ?? — 262,600枚(最終売上)

往年のヒット曲レビュー(43)/ブルーライト・ヨコハマ

2009年9月10日 / CHART全般【リクエスト】

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◆ いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」


「チャート いしだあゆみ ブルー・ライト・ヨコハマ 1968年」というキーワードで検索して来られたようです。


1964年『ネェ、聞いてよママ』でビクターよりレコードデビュー。20枚以上のシングルを発売する。1968年にレコード会社をコロムビアへ移籍。なかにし礼は義弟。


この曲はなんと言っても筒美京平の最初のミリオンセラー作品であり、かつ代表曲でもある。また、いしだあゆみの突き放したような独特な歌唱が特徴でもある。ただ、いしだあゆみ本人曰く、レコーディングは作詞家・橋本 淳の指導が辛かったようだ。



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◇作品データ・歌手データ



いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」(コロムビア 4th SINGLE)
作詞:橋本 淳
作曲:筒美京平
編曲:筒美京平
発売:1968/12/25
品番:LL-10081(日本コロムビア)
オリコン最高位:1位
オリコン登場週数:32週(100位以内)
オリコン売上枚数:1,003,340枚


※(歌手)
  本名:石田 良子
  生年月日:1948年3月26日
  出身:長崎県佐世保市(大阪府池田市育ち)


 


◇「ブルーライト・ヨコハマ」チャートアクション


※「累積売上」は、オリコン得点修正後のもの。
なお、1971年1月~1974年3月までは、毎週のチャートをコンプリート出来ないため一部不明確あるいは、下位に行くほど(おそらくあっていると思いますが)推測の順位があります。


日付——-順位–累積売上
1969/01/06 — 85 
1969/01/13 — 41 
1969/01/20 — 21 —  17,950枚 (1万枚突破)
1969/01/27 — 11 
1969/02/03 —  6 —  6.1万枚 (5万枚突破)
1969/02/10 —  1 — (10万枚突破)
1969/02/17 —  1 
1969/02/24 —  1 
1969/03/03 —  1 
1969/03/10 —  1 
1969/03/17 —  1 
1969/03/24 —  1 
1969/03/31 —  1 — (70万枚突破)
1969/04/07 —  1 
1969/04/14 —  3 — 80.6万枚 (80万枚突破)
1969/04/21 —  5 
1969/04/28 —  5 
1969/05/05 —  7 
1969/05/12 —  8 — 90.4万枚 (90万枚突破)
1969/05/19 —  8 
1969/05/26 — 13 
1969/06/02 — 15 — 95.5万枚 (95万枚突破)
1969/06/09 — 27 
1969/06/16 — 35 
1969/06/23 — 37 
1969/06/30 — 41 
1969/07/07 — 50 
1969/07/14 — 57 
1969/07/21 — 67 
1969/07/28 — 60 
1969/08/04 — 91 — 100.1万枚 (100万枚突破)
1969/08/11 — 91 — 1,003,340枚 (最終売上)

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